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知られざるピアノ編曲ものの世界|リストからホロヴィッツ、現代の編曲ものまで

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今はもう数年前のことになるけれども、大学生になった僕は、入学とほぼ同時に「ピアノ同好会」という学生サークルに入った。ピアノ同好会とは「ピアノ好きが集まる」というコンセプトを持つサークルで、年に何度か開催するコンサートが主な活動だった。

しかし、年柄年中コンサートを開催するわけにもいかないので、コンサートの準備に追われないシーズン、いわば「オフシーズン」は、ピアノ曲オタクたちが集まるだけの一種のオタクサークルと化していたのである。

入会して間もない僕にサークルのある先輩が貸してくれたCDが、手書きボールペンで「ピアノ編曲もの」とだけ書かれた味気ない自作CD-Rであった。曲目としてはホロヴィッツの編曲ものやアムランの編曲ものが収録されていた。

この一枚のCDが”ピアノ編曲もの”というジャンルにはまるきっかけを僕に与えたのである。

ところで「ピアノ編曲もの」とは、このCDを作った先輩による用語なのだけれど、オーケストラやオペラ、有名なピアノ曲などのクラシック音楽を編曲したピアノ曲を総称してこう呼んでいる。最も古い例にはフランツ・リストの作品(『ラ・カンパネラ』とか『ドン・ジョバンニの回想』とか)が挙げられるだろう。大抵、めちゃくちゃな難易度を要求するのがこの「ピアノ編曲もの」の特徴の一つだ。

そんなピアノ編曲ものを何曲か紹介する。ピアノ好きだったらきっと楽しめると思うので、是非聴いて見てほしい。

チャイコフスキー:くるみ割り人形(プレトニョフ)

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誰もが耳にしたことがあるであろうチャイコフスキーの組曲「くるみ割り人形」のピアノ独奏編。『行進曲』、『金平糖の精の踊り』、『中国の踊り』など、全7曲の抜粋のため、通して演奏しても16~17分程度とコンパクトにまとまっている。

第1曲の『行進曲』だけを取り上げても跳躍や連打を同時に打鍵するパートなど、要求される技術レベルが非常に高い。

先輩から借りたCDはワディム・ルデンコによる演奏で、「カプースチン:ピアノ・ソナタ第9番、他」というアルバムに収録されている。編曲者プレトニョフ自身による演奏もあるけど、ルデンコの演奏がベストだと思っている。

スーザ:星条旗よ永遠なれ(ホロヴィッツ、ヴォロドス)

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アメリカの作曲家スーザによるマーチをホロヴィッツが編曲し、さらにヴォロドスがアレンジを加えたもの。吹奏楽でもよく演奏される楽曲である。

ホロヴィッツもヴォロドスも、ピアニストとしてはオクターヴの迫力を活かした爆音演奏に定評がある。それが「星条旗よ永遠なれ」と組み合わされることで、見事な演奏効果を発揮している。

メンデルスゾーン:結婚行進曲と変奏曲(ホロヴィッツ)

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結婚式の定番曲。余興なんかで弾いたら盛り上がりそうだけど、いかんせん難易度が高すぎる。リストが編曲したメンデルスゾーンの「夏の夜の夢」 (サール番号410)を下敷きにホロヴィッツが編曲したものだから、正確には「メンデルスゾーン=リスト=ホロヴィッツ」とか表記することが多い。長い。

上のYouTubeの演奏は1946年録音で、音質はやや悪い。ヴォロドスがさらに編曲を加えた版もある(「メンデルスゾーン=リスト=ホロヴィッツ=ヴォロドス」!)。高音域をキラキラと鳴らすアレンジが実にヴォロドスらしい。

[Arcadi Volodos] Mendelssohn-Liszt-Horowitz-Volodos: Concert Paraphrase On 'Wedding March' - YouTube

デュカス:魔法使いの弟子(アルトゥール・アンセル)

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アルトゥール・アンセル(Arthur Ancelle)というフランスの若手ピアニストによるアレンジ。デュカスはこの「魔法使いの弟子」が有名過ぎるけれど、逆にこの曲以外はほとんど知られていない。僕も知らない。

趣向として派手な編曲というよりは、むしろ、原曲に非常に忠実なトランスクリプションがされている印象がある。

アルトゥール・アンセルについて記述した記事はあまり見つからなかったが、次のページに掲載されている紹介文によると「くるみ割り人形」も編曲しているらしい。

Arthur Ancelle | Biography & History | AllMusic

ハチャトゥリアン:スパルタクスとフリーギアのアダージョ(ポール・バートン)

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タイ在住のイギリス人ピアニスト、ポール・バートン(Paul Barton)によるアレンジ。原曲は聞いたことがなかったが、序盤を聴くだけでも元のオーケストラが脳裏に浮かぶような美しい曲である。とくに序盤のフルートのトリルは、あたかもフルートが奏でられているように聞こえる。

管弦楽器と異なり、ピアノは打鍵がされた次の瞬間には音量が急激に減衰する。一般的に言って、管弦楽での伸びのある音はピアノにとって、苦手な表現の一つである。

とくに「アダージョ」のような緩やかな楽想では、ピアノへの単純な音の移植が必ずしも優れたピアノ曲になるとは限らない。それでもこの編曲が美しく映えるのは、原曲が持つ妙が一因なのだろう。

ちなみに、編曲者のポール・バートンは、「タイの象とセッションするピアニスト」として日本でもちょっとだけ話題になった。

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YouTube/PaulBartonPiano

ラヴェル:ボレロ(3台ピアノによる演奏)

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最後にちょっと変わり種としてこちらを紹介する。編曲者は不明。ラヴェルのボレロを3台ピアノに移植したアレンジ。

ラヴェルのボレロといえば楽曲の最初から最後まで繰り返されるスネアドラムが特徴的だが、この3台ピアノ版では、鍵盤蓋を叩く音で再現している。内部奏法ならぬ”外部奏法”とでも言うべき所作だが、現代的な試みだと思う。